■代表者について
 初めまして、うつくしまJapan代表の美嶋 伸一です。
うつくしまJapan代表者写真
 今では横浜みなとみらいに本社がある、某会社におけるサラリーマン生活30有余年の後、同会社を早期退職し、須賀川にてこの結婚相談所を始める事に致しました。
 簡単ですが、以下にサラリーマン時代のエピソードによる自己紹介をさせて頂きます。
 これを読んで頂いている貴方と、少しでも近しい関係になれると幸いです。
【横浜⇒須賀川へ】
私は、昭和30年代末に神奈川県横浜市で生まれ、父の会社移転の関係で横浜からこの須賀川に引っ越して以来、半世紀近く福島県民として生活して来ました。中学から大学までは、隣の郡山市へ引っ越して、郡山に本社工場のある某企業に就職しました。当時は開発・製造・販売まで全てを1社で行っており、本社工場は転勤が無いとの事からこの地元郡山の企業に就職したのでした。そして平成に年号が変わって数年後に結婚した私は、妻の実家があるこの須賀川に自宅を建てて郡山から戻って来ました。
【再び横浜へ】
マイカーで郡山まで通勤していた私は、時折ニュースとなる東海道線や山手線の通勤ラッシュ報道を見るたびに、都会人は朝から大変だなあ!!。こちらはマイカー通勤で人ごみとは無縁で楽々!!。と思っておりました。しかしながら、会社が大きくなるにつれ、横浜にも工場が出来てしまい、とあるプロジェクトで横浜に転勤となった私は、漏れなくあの通勤ラッシュを体験する事になってしまったのです。父の会社移転でこの須賀川に来た私は、自分が勤める会社の転勤で、単身ではありますが、また故郷である横浜に戻ったのでした。妙な因果があるものだな。と飲み会の時などにはよくこの話しをしておりました。
【”本部長名字”町の”部長名字”アパート】
妙な因果の最たる話しになりますが、2011年の震災の時に単身赴任であった私は、一時的な避難が必要とのことから子供を連れて3週間程、横浜でアパート暮らしをしておりました。その時借りたアパートのある地名とアパート名が、地名=自分が所属する部署の本部長名字、アパート名=自分が所属する部署の部長名字であったため、人生には偶然と一言で言い表せないほどの因果があるものだと感じました。
【光陰矢の如し】
光陰矢の如しと言いますが、気が付くと単身赴任も10年を数えるまで長期化し、黄色い帽子に真新しいランドセルを背負っていた次男はあっと言う間に高校生になっていました。
そんな息子との思いでの一つには須賀川アリーナで開催されるウルトラマンフェスティバルがあります。私と同年代は子供の頃にあこがれたHEROとしてウルトラマン・ウルトラセブンを第一に挙げる方が多いのでは無いでしょうか?。生みの親である円谷英二がこの須賀川生まれである事を知ったのは、私の次男が、ちょうど私がHEROとしてウルトラマンを崇めていた年と同じ小学校1年になった頃でした。息子と二人で、毎年春になると行われるウルトラマンフェスティバルに通い、ウルトラマンとの握手会では息子より私の方が、興奮していたかも知れません。
【貴方のヒーロー】
私には二人の息子がいるのですが、長男の時も、次男の時も須賀川アリーナで行われるウルトラマンフェスティバルに通っていました。何を隠そう我が家で一番ウルトラマンフェスティバルに通い楽しんでいたのは、ウルトラセブンをこよなく愛した私でした。先日はウルトラセブン=モロボシダンが経営している喫茶店が神奈川県藤沢市にあることを知って、モロボシダンと写真を撮って来ました。
こんな、ヒーロー大好きなおやじですが、結婚と言う最大イベントをサポートさせて頂き、貴方へ幸福が舞い降りて、本当の意味で、貴方のヒーローとなれる事を祈念しております。